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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2262号 判決 1970年9月25日

原告 中脇喜重郎

右訴訟代理人弁護士 西畑肇

同 北島元次

被告 小寺正夫

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 山口伸六

同 渡辺敏泰

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、

一、(一) 原告に対し、

(1)  被告小寺正夫は別紙目録記載(二)の建物を明渡し、かつ昭和四四年四月九日から右明渡済みに至るまで一ヶ月につき金九五〇〇円の割合による金員を支払え。

(2)  被告井上照雄、同井上忠司は右同(三)の建物を明渡し、かつ昭和四四年四月九日から右明渡済みに至るまで一ヶ月につき金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(3)  被告尾前スギエ、同越野雄之助は右同(四)の建物を明渡し、かつ昭和四四年四月九日から右明渡済みに至るまで一ヶ月につき金三〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、

二、請求原因として、

(一)  原告は別紙目録記載(一)の建物(以下本件建物という。)を所有している。

(二)  原告は、本件建物階下のうち

(1) 別紙目録記載(二)の部分(本件建物(二)という。)を昭和三六年九月五日被告小寺正夫に対し、期間の定めなく賃料一ヶ月金一万九〇〇〇円毎月末日支払の約束で、

(2) 同記載(三)の部分(本件建物(三)という。)を昭和三八年三月五日被告井上照雄に対し期間の定めなく賃料一ヶ月金一万円毎月末日支払の約束で、

(3) 同記載(四)(本件建物(四)という。)の部分を昭和三六年九月五日被告尾前スギエに対し期間の定めなく賃料一ヶ月金六〇〇〇円毎月末日支払の約束で、

それぞれ賃貸して引渡した。

(三)  被告小寺正夫は本件建物(二)で燃料店・書籍店・食料品店を、被告井上忠司は同井上照雄の長男であって同人が借り受けた本件建物(三)において井上忠司名義で理髪店を、被告越野雄之助は同尾前スギエと共に同人が借り受けた本件建物(四)において越野雄之助名義で飲食店をそれぞれ営んでいる。

(四)  ところが、昭和四四年四月八日午後一時五二分ころ本件建物二階居室(訴外福浦博文方)から出火し、本件建物が殆んど焼失するに至った。

(五)  本件建物は、各隣室とは壁一枚で仕切られている二階建一棟のいわゆる文化アパート形式の木造建物であり、右火災により屋根は焼け落ち、二階各居室はその外壁のモルタルを一部残すのみで他は全く焼失し、一階の各店舗も二階に匹敵する焼損状況である。

(六)  従って、本件建物は、もはや修理不可能であって建物としての効用もなく、その復元には新築を要し、取引上建物といえない状況であるから、本件建物の被告らに対する前記各賃貸借契約は目的物の滅失により終了した。

(七)  仮りに、右主張が認められないとしても、本件建物の被告らに対する前記各賃貸借契約は本件訴の提起により解約申入れがなされたものであり、それより六ヶ月間の経過により消滅した。そして、本件建物はもともと古材木で、構築されたもので、既に耐用年数も経過しており、火災によって著しく焼失破損しており、その後の腐朽程度も著しく暴風地震の時には倒壊の危険さえあり、取壊しまたはそれに相当する大修繕改築をする必要があり、その必要度は借家人の有する利益と比較考慮して大であるから、解約を求める正当事由がある。

(八)  よって、原告は被告らに対し、本件建物の各占有部分の明渡し、および本件建物賃貸借契約終了後である昭和四四年四月九日から右各明渡済みに至るまで各賃料相当(被告らに対する賃貸借契約における賃料の半額、すなわち被告小寺正夫については一ヶ月につき金九五〇〇円、被告井上照雄、同井上忠司については一ヶ月につき金五〇〇〇円、被告尾前スギエ、同越野雄之助については一ヶ月につき金三〇〇〇円)の遅延損害金の支払を求める、と述べ

三、立証≪省略≫

第二、被告ら訴訟代理人は、

一、主文同旨の判決を求め、

二、答弁として、

(一)  請求原因(一)ないし(三)項記載の事実は認める。ただし、現在一ヶ月の賃料は被告小寺正夫については金二万七〇〇〇円、同尾前スギエについては金七〇〇〇円である。同(四)項のうち原告主張の日時にその主張場所より出火したことは認めるが、その余の事実は争う。同(五)項のうち本件建物が隣室とは壁一枚で仕切られているアパート式の木造二階建の建物であること、火災により屋根の一部が焼け落ちたことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  本件火災により原告・被告ら間の賃貸借契約の目的物が滅失したことはなく、本件建物階下賃借人である被告らは何等の障害なく火災前と同様に営業を続けている。本件建物は原告においてすみやかに通常程度の補修を加えることにより今後数年ないし十数年は使用に耐えるから右火災により直ちに社会的・経済的効用を失ったものとはいえない。

(三)  次に、原告は正当理由による解約を主張するけれども、本件建物が古材木で構築されていることから直ちにその耐用年数を経ているとはいえず、本件火災による破損は被告らには何の障害もなく、現在倒壊の危険もない。原告は被告らの請求にかかわらず何らの修理をもせず腐朽程度が著しいと云うのは信義則に反する、と述べ、

三、立証≪省略≫

理由

原告は、本件建物を所有しているところ、(1)被告小寺正夫に対し昭和三六年九月五日本件建物(二)の部分を、(2)被告井上照雄に対し同三八年三月五日本件建物(三)の部分を、(3)被告尾前スギエに対し同三六年九月五日本件建物(四)の部分を、いずれも期間の定めなく賃貸し、被告小寺正夫は本件建物(二)で燃料店・書籍店・食料品店を、被告井上忠司は同井上照雄の長男であり、同井上照雄が借り受けた本件建物(三)において井上忠司名義で理髪店を、被告越野雄之助は同尾前スギエと共に同尾前スギエが借り受けた本件建物(四)において越野雄之助名義で飲食店をそれぞれ営んでいること、昭和四四年四月八日午後一時五二分ころ本件建物二階居室(訴外福浦博文方)から出火したこと、本件建物は隣室とは壁一枚で仕切られたアパート形式の木造二階建の建物であることは当事者間に争いがない。

よって本件建物が右火災により滅失したかどうかについて検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は前記火災により、その二階部分について棟木・もや・柱・側壁・廊下と一部小屋つか・瓦などを残し天井・のじ板は消失しており、その一階部分については天井の一部(殊に被告井上方の火元の直下に当る部分)が消失し、あるいは消火の際の水で張り付けられていた天井ボード板の一部がたれ落ちたこと、現在は賃借人らにおいて天井を手入れしその上に鉄板を張るなどして雨水を防ぎ従前通り営業を継続していること、本件建物を従前の姿に復元しようとすれば、一階をそのままにしてその上に二階を修復することによっても可能であること(尤も、費用の点について新築する場合と比較すると幾分は少くすむが大差ないようである。)、本件建物一階については梁・柱・壁等構造上の支障はなく屋根をかけるだけで居住使用するには支障がないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によると、本件建物はなお賃貸借の趣旨を達成されない程度に滅失したものとはいえず、客観的にみて賃貸借を継続させるのに適当であると考えるのが相当である。

次に、原告は、正当事由による解約申入れによる借家契約の終了を主張するので判断するに、前記証拠によると、本件建物は昭和三六年ころ一部に古材木を使用して建築されていること、貸主である原告において本件建物を従前どおりに利用するため、現在残存している一階部分に二階を継ぎ足して修復することと、右一階を一旦全部取毀して撤去し改めて同規模の二階建建物を新築することとを比較すると、後者の方が費用の点では多数嵩むけれども耐用年数の点からは優さっていることが認められるけれども、本件建物一階部分の損傷程度は前記のとおりであり朽廃程度が著しく今取壊しまたは大修繕をする必要があるものとも考えられず、従って、家主が本件建物を全面的に取毀新築する必要性(また、その後の新築建物を自己使用しまたは第三者に使用させることになるのでそのことをも考慮して)と借家人がそれぞれの営業を停止して本件建物から退去する不利益とを比較考量すると、本件の場合正当事由ありとして被告らに対し明渡を認めるのは相当でない(なお、原告の主張するところが取毀新築ではなく大修繕をする必要があるというに止まるのであれば、それだけでは被告らを本件建物から退去させる理由とするには不十分である。)。

そうすると、その余の判断をまつまでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

<以下省略>

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